「あの絵と同じものを」というご依頼|再制作の記録 01
先日、お取引のあるギャラリーから一本の連絡をいただいた。以前お納めした《2025年の油画作品》について、「どうしてもあれと同じものが欲しい」という方が現れた、という内容だった。
ありがたい話である。そして同時に、そのままではお受けできない種類の依頼でもあった。
同じ絵は、二度と生まれない
手で描いた絵は、工業製品ではない。同じ絵の具を用意し、同じ筆を持ち、同じ構図を引いたとしても、そこに再び同じものが立ち上がることはない。
描いた日の光の入り方。絵の具の乾く速さ。その時間に自分が何を考え、何を感じていたか。完成した一点には、二度と揃うことのない条件が、そのまま層になって残っている。だから「まったく同じもの」という約束は、どれだけ誠実に手を動かしても果たすことができない。
さらに難しいのは、ご依頼者様がその一点の何に惹かれてくださったのか、こちらからは計りかねるという点である。構図なのか、色なのか、あるいは画面の奥にある気配のようなものなのか。求められている「同じ」がどこまでを指すのか分からないまま筆を持てば、双方にとって不幸な結果になりかねない。
三つの取り決め
そこで、次の進め方をご提案し、ご了承をいただいた。
一つ、まず原作と同じ構図の下絵を制作し、その段階でご依頼者様にご確認をいただく。
二つ、ご承諾をいただいたのち、着色に進む。色彩については、原作と同じ方向性のもとで制作することをご理解いただく。
三つ、完成後に「思っていたものと違う」という理由でのお取り消しはお受けしない。
三つ目は、あるいは冷たく響くかもしれない。けれども、下絵の段階で必ず一度お目にかけるのは、まさにこのためである。判断していただく機会を工程の途中に置き、納得のうえで先へ進む。この順序さえ守れば、最後に食い違うことはまずない。
そこまで求めてくださること自体が、作り手として光栄である。原作の持っていた魅力と、いま新しく生まれようとしている一点との釣り合いを、どうにか取りたいと思う。
記録写真から、構図を起こす
こうして下絵の作業が始まった。
原作の記録写真をデータから取り出し、実際のキャンバスと同じ寸法にしてプリントアウトする。それを傍らに置き、構図をそっくりそのまま画面へ写していく。
ここまでは、いわば手続きである。
作家とは、不便なものである
ところが、この手続きが素直に進まない。
心を無くして作業を進めればよいものを、ここで遊び心やアレンジ精神が働いてきてしまうのである。「もっとこうしたら良いのではないか」「ここを変化させたら、こういう効果が出るのではないか」。機械的であるべき作業を越えて、思考と感情が勝手に動き出す。
こういうときは、無理に押し進めない。かわりにテスターを作り始めてみる。すると今度はそちらの検証が面白くなり、これから先の自分自身の作品案へと誘惑されていって、いつの間にか作業が移行している。気がつけばその世界に没頭し、数日ずっとはまり込んでいることもしばしばである。
ご依頼者様のための仕事と、自分自身の制作。今日もその二つを同時に進めながら、互いを引き上げるようにして、作品は少しずつ良くなっていく。
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